東京地方裁判所 昭和24年(ワ)1759号 判決
原告 明治製糖株式会社
被告 原田ツイ 外二名
一、主 文
原告に対し被告原田は東京都品川区大井金子町五千八百五十九番地にある木造瓦葺二階建一棟建坪三十七坪七合五勺、二階二十七坪七合五勺の内東側の二階坪数十一坪二合五勺を、被告吉野、松井は同所同番地にある木造瓦葺二階建一棟建坪二十七坪七合五勺、二階二十七坪七合五勺の内東側の一階坪数十一坪二合五勺を明渡し、かつ被告原田、吉野は各自昭和二十三年三月一日から右明渡ずみにいたるまで一箇月金二十一円の割合による金員を支拂うべし。
訴訟費用は被告等の負担とする。
この判決は、原告において被告原田のために金五千円、被告吉野、松井(共同)のために金五千円の担保を供するときは、それぞれ仮にこれを執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文第一、二項と同旨の仮執行の宣言つき判決を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。
主文の各建物は、原告会社從業員を住まわせるための社宅で、原告の所有に属するものであり、戰時中は從業員が徴用や應召で出たために、相当の空室であつたが、原告としては、これら從業員が復員すれば、入れなければならないので、空室のまま保存しておいた。
ところが昭和二十年にはいつてからは戰災又は強制疎開で住家を失う者が多く、そのため空家空室をもつ家主は、警察や町会等から、半強制的に戰災者、強制疎開者等を收容することを求められた。原告の本件社宅もその例外ではなかつた。
昭和二十年三月頃本件建物の所在地附近にいわゆる強制疎開が実施され、住居を失う者が沢山出たので、町会、警察は本件社宅に目をつけ、強制疎開者を右社宅にいれてもらいたいと、原告に申出た。原告は從業員が戻つてくれば直ちに入れなければならないし、また社員以外の者を社宅に入れることは、他の社員に対する関係上好ましくないという事情があつたので、これらを理由として町会、警察の申出を断つたが、町会、警察の要求は非常に強硬であり、それにせいぜい二、三月、長くて半年位でよいからということであつたので、ついに抗しきれず、できるだけ早く明けてもらう約束で、空室の半数ほどを強制疎開者の使用に供することを承諾した。被告原田、吉野はそのときはいつてきた強制疎開者である。
かような事情であつたから、原告は被告等から賃料をとるつもりなどなく、無償で社宅の使用を許していたが、間もなく被告等から「心苦しいからたとい僅かでもよいから賃料をとつてもらいたい。」という希望があつたので、それ以來從業員なみに一箇月金二十一円ずつの使用料をとることにした。しかしもとより普通の貸家をするつもりでわなく、強制疎開で住家を追われた被告等のために一時の便宜を與えてやる主旨で貸したのであるから、賃料の弁済期などきめなかつたし、敷金はもちろんのこと、借家証書すらとらなかつた。
さて原告は台湾に本店をおき、ジヤバ、満洲、中国等に数多くの支店出張所をもつていたので、終戰となるや、原告会社の從業員は、相ついで外地から引揚げ、復員してきた。そのうち、台湾の本店の從業員の如きは、多く二十年、三十年の長年月を台湾で暮しており、内地に帰還しても、寄るべが少ないので、原告としては、これらの者のためには特別の配慮をし、職と住居を與えてやらなければならなかつた。又原告会社の從業員で、東京に住居を得ることができないために、遠隔の地から時間をかけて通勤している者が相当いるので、原告としては、これらの者のためにも住居を心配してやらなければならないのである。
しかるに原告はその所有の建物で、住居に轉用することができるものは、いち早く進駐軍に接收され、やむなく貴重な研究所の建物までも引揚者等の宿舎として使用しているような実情にあるので、本件社宅は一日も早くこれを本來の用途に戻さなければならないことになつた。
そこで、原告は昭和二十年九月以來数回にわたつて、窮状を訴えて、被告等に社宅の明渡しを懇請したが、應じてもらえなかつたので、やむなく最後の手段として、昭和二十三年七月二十二日発、同月二十四日着の書面で、正式に被告原田、吉野に対して賃貸借契約解約の申入をした。
しかるに被告等はその後六箇月の期間が過ぎても明渡さないので原告は窮余昭和二十四年二月一日に被告等を相手取つて、品川簡易裁判所に家屋明渡の調停を申立たが、被告等は三回にわたる期日に全然出頭せず、取り合わなかつた。原告は引揚者や接收宿舎からの立退從業員等を擁して、困り果てている。
以上の次第で、原告の解約申入については正当な事由があるから、本件賃貸借契約は、昭和二十三年七月二十四日から六箇月を経過した昭和二十四年一月二十四日限り終了した。
よつて原告は被告原田、吉野に対し、本件社宅の明渡しを求める。なお右被告原田、吉野は昭和二十三年三月一日から賃料を支拂わず、賃貸借終了後は明渡ぢたいによつて原告に対し少くとも約定賃料一箇月金二十一円の割合による損害を蒙らせているから右被告等各自に対し、昭和二十三年三月一日から右明渡ずみまで一箇月金二十一円の割合による賃料及び損害金の支拂を求める。
被告松井は、原告に対抗することができる何等の権原なくして被告吉野と同居して前記建物を占有しているから原告は被告松井に対し、所有権に基ずいて、右建物の明渡を求める。と述べた。<立証省略>
被告等訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」という判決を求め、次のとおり答弁した。
原告主張の事実のうち、原告のいう各建物が原告の所有に属すること、被告原田、吉野等がいわゆる強制疎開にあい、町会等の斡旋で原告のいう頃右建物を賃料一箇月金二十一円で賃借したこと、原告から度々明渡の請求があつた上で、原告のいう日被告原田、吉野に正式に書面で賃貸借契約解除の申入があつたこと、原告が調停の申立をしたことはいずれも認める。本件賃貸借が原告のいうような一時的なものであつたことは否認する。その他の事実は知らない。
被告等は昭和二十年三月本件建物の附近で居住家屋が強制疎開にあい、他に移轉先を準備中、隣組長から「是非当町内に止まつて防空に盡してもらいたい。住居は自分たちで斡旋するから」という懇請があつたので、ここに踏みとどまることにし、町会長等の世話で本件建物を賃借するにいたつた。その際、斡旋者からもまた原告からも「短期間で明けてもらうから」と云う話は全然なく、被告原田、吉野は普通の建物の貸借として賃借したのである。即ち当時は空家はいたるところにあり、家主は防空の必要から借家人を探していたのが実状であるから、本件建物の賃貸借についても、原告のいうような暫定的にという話はなかつたのである。
次に原告の本件賃貸借契約解約申入については、正当の事由がない。
被告原田ツイは未亡人で、三人の子女を抱え、洋傘修繕をして糊口をしのいでいる実情である。また被告吉野菊枝は同じく未亡人で、日稼をして子供二人を辛じて養い、被告松井光吉は被告吉野の娘婿で、妻子三人とともに吉野方に同居しているのである。かように被告等はその日のくらしに困つているのであるから、他に家を買い求めたり、間借りしたりするようなことは、とうていできない。これに反し、原告は日本有数の大会社であつて、その経済的実力は十分である。從業員中に多数の戰災者、引揚者があつても、その住宅を求めることの困難さは、被告等が他に住宅を求めることの困難さとは比較にならない。かような事情であるから、原告が被告等に対し本件賃貸借契約の解約申入をするについては正当の事由があるとはいえない。と述べた。<立証省略>
三、理 由
原告のいう各建物が原告の所有に属すること、被告原田、吉野が昭和二十年三月頃原告のいう建物を賃料一箇月金二十一円で原告から賃借したこと、そして原告が被告原田、吉野に対し原告のいう日に右賃貸借契約の解約申入をしたことは、当事者間に爭いがない。
よつて解約申入について正当な事由があるかどうかについて考える。
甲第一乃至第四号証、第五、六号証の各一、二、第八乃至第十号証(いずれも眞正にできたことについて爭いがない)と、証人下戸朝一、水野達雄、黒江達也、伊藤勝太郎、飛田紀鴻の各証言被告原田ツイ、吉野菊枝各本人訊問の結果とを合せ考えると、次のとおりの事実を認めることができる。
本件建物は原告会社從業員のための社宅であり、昭和二十年三月頃は徴用や應召のために相当空室ができていた。
たまたまその頃、社宅の附近にいわゆる強制疎開が行われ、住居にこまる者が多勢出てきたので、町会、警察は本件社宅に目をつけて、「強制疎開で家を失つて困つている人達に社宅を貸してやつてくれ」と原告に頼みこんだ。原告は社宅居住の從業員との間に起るべきいざこざ、やがてくる從業員の住居の問題などを考えて「社宅は社員の寮だから社外の者を入れるのは困る。」といつて断つたが、町会等の申出はいたつて強硬であり、それに「強制疎開で入る人達は一時的のことであり、やがて移轉先を見付けて立退くのであるから二、三箇月位入れてやつてくれ。」という申出であつたので、それ以上断りかね、行先きのない人達の身の上のことを考えて、右申出の主旨を諒承して、しばらくの間ということで、貸すことを承諾した。被告原田、吉野はこのときいれてもらつた人であり、やはり一時的世話になるつもりで、ほかの十世帶ほどとともに本件社宅にはいつてきたのである。
ところで原告会社は台湾に本店をおき、満洲、中国、ジヤバ等に数多くの支店出張所をもつていた関係上、終戰とともに外地からの引揚、復員の從業員を多数迎え、これらの者の收容場所に窮した。そのほかに原告会社從業員で住居にこまる者も多勢に上り原告はその扱いにも困るに至つた。
しかるに原告所有の建物で、宿舎に轉用し得るものは、いち早く進駐軍に接收せられ、川崎市にある原告会社の藥品研究所には從業員が三世帶もはいり込み、原告会社の事業に多大の支障をきたしている実状であり、本件社宅をおいては從業員をいれるところはない。
そこで原告は昭和二十年九月から、翌二十二年にかけて数回にわたり、窮状を訴えて被告等に本件社宅の明渡しを懇請したが、被告等は全然とりあおうとしない。
やむなく前示の如く昭和二十三年七月二十四日解約の申入をしたが、なお明渡に應じない。最後の方法として、原告は昭和二十四年二月一日品川簡易裁判所に家屋明渡の調停を申立て、円満解決をはかろうとしたが、三回の期日に被告等は一回も出頭しなかつた。強制疎開のために本件社宅にいれてもらつた人たちは、被告等を除いてすべて原告の懇請をいれて立退いたのに、被告等は明渡そうとしない。
このような事実を認めることができる。証人伊藤勝太郎、被告原田、吉野が供述していることのうち、右認定に反する部分は、採用することができない。ほかに右認定を動かし、被告等のいう事実を認めることができる証拠はない。
以上の事実によると、原告が自から本件社宅を使用する必要はあり、解約申入については、一應正当な事由があるといわねばなるまい。
被告原田、吉野各本人訊問の結果によると、被告原田は未亡人で、子供三人を抱え、洋傘修繕をして糊口を凌いでおり、被告吉野また未亡人で、子供二人を抱え、日稼に出て、その日暮しの生活をしており、現在ともに轉居のあてのないことを認めることができるが、それにしても、弁論の全趣旨によると、被告等は今日にいたるまで、誠実にその住居の問題を解決しようとする努力を拂わなかつたことが認められるのみならず、そもそも賃借するに至つたいきさつが前記のとおりであり、そして賃借した物が社宅である以上、被告等は早晩本件社宅を原告に明渡さなければならないことを覚悟して賃借したものと認めなければならないから、前記事実をもつては、本件解約申入は正当の事由を欠くとすることはできない。
また被告等は、原告の財力に惠まれ、從業員のために住居を求めてやることは極めて容易であり、被告等を本件社宅から立退かせる必要はない。という主旨のことをいう。かりに原告が財力豊かであるとしても、原告には本來社員専用の住宅にあてていた本件社宅があるのであり、前記の事情ではいつてきた被告等をそのままにしておいて、原告にほかに從業員の住居を調達せよと要求することは、筋の通らないことである。この主張もまた採用することができない。
被告原田、吉野とともに本件社宅へいれてもらつた人たちは、すべて原告の懇請をいれてとうに本件社宅を立退いているのである。すでに終戰後満五年以上住居について便宜を與えてもらつた被告等は、もう立退いてもよいのではあるまいか。原告の解約申入についてはやはり正当な事由があるといわなければならない。
本件賃貸借契約は前記解約申入の日から六箇月後の昭和二十四年一月二十四日限り終了したのである。被告原田、吉野は原告に対し、前記賃借の部屋を明渡すべき義務を負うとともに、賃貸借終了後明渡義務不履行によつて、原告に対し、少くとも約定賃料一箇月金二十一円の割合による損害を與えているといわなければならないから、その賠償をすべき義務を負つているわけである。なお被告原田、吉野が昭和二十三年三月一日からの賃料を拂つたという主張も立証もないから、右被告両名は右の日から賃貸借終了まで一箇月金二十一円の割合の賃料を拂う義務を負うこと、いうまでもない。
次に被告松井の主張によると、被告松井は被告吉野の承諾を得て同被告と同居しているに過ぎないのであり、ほかの権原は何も主張していないのであるから、原告と被告吉野間の賃貸借契約が終了した以上、被告松井は所有者である原告に対し、右の部屋を明渡すべき義務を負うものといわなければならない。
原告の請求はすべて正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條第九十三條第一項本文を、仮執行の宣言について同法第百九十六條を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 新村義廣)